|
長い人生を考えると、一時的に会社の事情で与えられた管理職の仕事よりも、ヒラでも顧客の顔が見える現場の第一線で仕事を続けることを望む人は多い。
特に、モノ作りにかかわる世界では、現場の仕事を第一に考える人たちの中に、不幸にも管理職にさせられて鬱々とした気持ちで毎日を過ごしている人たちも少なくない。
長野市に住むMさん(56)も、数年前まではそんな一人だった。
彼の子供のころはラジオ作りが大好きな工作少年。それが長じて通信機メーカ−に勤めからは、無線機の設計に長く携わってきた。
それが、勤務年数が増えるに従って役職がつき、管理職になってからはほとんどモノ作りの現場にかかわらなくなった。
Mさんが仕事での不満を抱えながらヨーロッパ出張に行ったときのこと、パリの街並みを風に乗って走る自転車を見て、出張や旅行に折りたたみ自転車を持参して街を走ったら、旅先で見る光景もまったく違うものになるような気がしてきた。お金も使わず、旅先での行動半径が大きく広がって、旅行の楽しみが大きく変わるはずだ。
彼は、早速、帰りの飛行機の中で折りたたみ自転車の設計に取り掛かった。
この思い付きを契機に、折りたたみ自転車作りに、彼はドンドンのめり込んでいった。会社の仕事が終わると急いで家に帰り、設計図の折りたたみ自転車を模型にして、試行錯誤に明け暮れる日が続いた。
折りたたみ自転車にカート機能をつけ、自転車として使用するほかに、折りたたんだ状態の時にはカートとして荷物を積び、釣りや行列で並んだ時には椅子にもなる多機能な自転車の開発は、想像以上の難題が山積みしていた。
シティー用自転車として使うには、速度を調節するための変速機が欠かせない。
また、カートとして使う以上は自転車と違って、車軸が前進、後進の両方の回転をしなければならない。
その上、海外旅行にも持参するには、総重量が女性でも持ち運べる軽量材質の自転車が求められる。一般に価格の安い軽量素材としてはアルミが使われるが、外部委託生産をしてくれる企業に溶接など高度なアルミの加工技術はあるか。製品価格を、誰もが気楽に買える価格帯に押さえられるか。
予想をはるかに上回る多くの難題に直面したMさんだったが、根っからの設計屋魂で、ジグゾーパズルを一つ一つ組み合わせていく根気と持ち前のやる気で、自分が理想とする折りたたみ自転車を作りあげることに成功した。
2002年夏には試作機を完成させ、事業化のメドがついたのを機に会社を辞めて、現在は販売活動と次期製品の開発に余念がない。
東急ハンズや自転車店など、全国約30カ所の販売代理店でMさんの折りたたみ自転車は売られている。04年には三協アルミニウム工業と共同で、近未来自転車ソーラーサイクルの「マグネシウム合金製三輪自転車」の試作品を完成させた。また、モーターとバッテリー付きの折たたみ電動補助自転車の開発にも力を入れている。
不満を自分の中に押し止めず、夢に向かうエネルギーに変えたことで、Mさんの人生も大きく変わったものになった。
|