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         独立開業

           『 ウエディングプランナーへの起業に向かって 』

           結婚式、その後の披露宴と云うと、結婚するカップルにとっては、人生で1度
          の、時には2度の人もいるが、晴れの舞台である。
           新婚カップルは全ての人から注目を集める役割りをすると同時に、自分たち
          らしい挙式に気を使い、費用に気を使い、参列者に気を配りといった大変な思
          いをする。
           制作・演出・主演をカップルが引き受けているわけだから、「せっかくの自分
          の結婚式なのに、ちっとも楽しくなかった」、「2度とあんな大変な思いはしたく
          ない」、「今度は、こじんまりと最高に楽しい式がしたいな」といった声が常に聞
          こえてくる。
           普通は愚痴で終わるこれらの発言だが、それまで高校の教師をしていたG
          さんは、自分の結婚式の不満をビジネスに変えることを考えた。
           彼女が、わが国ではまだ馴染みの薄かったウエディングプランナーになるこ
          とを決めたのは、1998年のことである。           

           この時期、長銀、日債銀と銀行倒産が相次ぎ、戦後最悪の企業倒産を記録
          した年でもあった。
           失業率も、それまでの3%台から4%台へと悪化を続け、誰もが勤め先の確
          保に汲々としている時期に、Gさんは勤めていた学校を辞め、自営業としての
          ウエディングプランナーをスタートさせた。
           ただ、当時は職業としてのプランナーの仕事は認知度が低く、しかも彼女自
          身も手探りでウエディングビジネスとかかわりをもつ状態だった。
           最初は、ウエディング関連スクールで結婚式の基本を学び、当初はウエディ
          ングプロデューサーとして経験積んだ。
           プロデュースからコーディネート、ホテルやレストランでのプランニングと職域
          を広げいく。
           景気の悪化に伴って、それまでも派手な仕掛けの結婚式から、G さんが念
          願としていた「いつまでも心に残る結婚式」が、次第に受け入れられる時代で
          もあった。

           その後は、ウエディングプランナーの知名度が上がるに従ってG さんの仕事
          も順調に増え続け、01年からは有限会社に法人成りと同時にオフィスを東京
          都心に移して、活躍の場を一層広げている。テレビやラジオへの出演依頼も
          増え、業界セミナーでの講師もするようになった。
           現在は、提携先のホテルやレストラン、結婚式場から依頼されるウエディン
          グプランニングの仕事のほかに、ウエディングプランナー養成講座を主催して
          G さんのようなプランナーを育てる仕事も行なっている。
           この養成講座では、ウエディングプランナーのプロ育成ばかりではなく、友人
          の結婚式や身内の結婚式のためにプランニングを学ぶ人たちも、レッスンを受
          けている。
           ビジネスの世界には、それまで誰も手をつけなかった新たなビジネス世界を
          開発した人だけの市場開発者利益があるが、G さんの会社の順調な成長と
          養成講座による人脈の広がりは、まさに市場開発者利益といえる。
           少子化の影響で、市場の縮小が心配されるブライダル産業だが、「いつまで
          も心に残る結婚式」を志向する若者は多く、ゲストハウスウエディングと一体と
          なって成長を続けている。          

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