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独立開業
『居酒屋業界の改革児、今後の行く先は?』

今が旬で、最も元気な居酒屋起業家を挙げとなると、「てっぺん」の経営者 O さん(32)の名前が一番に挙がる。
03年に30歳で独立開業して会社を設立してから、04年1月の東京・「てっぺん自由が丘」、05年4月に東京・「てっぺん渋谷」、05年8月に三重県・「てっぺん桑名」、06年4月の「てっぺん銀座」と、矢継ぎ早に直営店だけを出店している。
日の浅い銀座を除くと、どこの店舗も25坪から35坪の標準的な居酒屋スペースながら、月間売上高は一千万円を上回る繁盛店ばかりだ。


名古屋出身のOさんが独立開業を意識したのは、おじいさんが開業していた喫茶店の影響が大きいというから話しは古い。少年の頃から、元気のよいおじいさんの元に集まるお客さんを見て育ったOさんは、将来は自分も飲食店の経営をすると漠然と考えていた。
学校を卒業して、一年間は上京して商社勤めを経験しているが、ビジネスの厳しさには相当苦労をしている。当初の一年間の予定を半年延ばして、無我夢中でモノを売ることに専念して、Oさんなりにはよい結果をだしたようだ。
その後は名古屋に戻り、飲食店の出店を目指して戦略を練る。最初にしたことは、地元のこれとおぼしき飲食店の食べ歩き。一月に50店くらいは食べに入って、店の雰囲気と料理の味、店員の態度などをチェックして廻った。


その中に2店、Oさんのイメージに合う店があり、どちらも同じ会社の経営と知ると、その場でアルバイトとして雇ってくれるよう掛け合い、そこに勤めはじめるスピード。最初は調理場の片付けから、接客係、レジ係と2年足らずで店長になったのは、24歳の時だった。
飲食店の独立開業へ向けて、最後の関門が近づくこの時期に落とし穴が待っていた。昔から、人との人間関係の構築や日頃のコミュニケーションには自信をもっていたのに、店長になったとたん、バイトの人間やお客さんから露骨に馬鹿にされるようになって、自信喪失に陥ってしまった。
余りにも若くして店長になったこと、居酒屋の店長としてはあまりに仕事が出来なかったこと、そして何より、店長と云う組織のリーダーとして自覚が何もなかったことだ。
学校を卒業してから店長になるまで、超特急で突っ走ってきた人生が、一気スピードダウンして、走るのでさえやっとの人生になってしまった。飲食業を辞めようと、何度も思った時期だった。


彼が息を吹き返したのは、企業経営の研修会に参加して組織のリーダーとしての役割を基本から学んでからのことだ。何故経営者になりたいのか改めて考えて、人との出会いや仲間作り、夢などの必要性を肌で感じるようになった。
30歳で彼が開店した居酒屋と他の居酒屋との違いは、そこで働いているスタッフの質の違いだ。
「てっぺん」が開店前に実施する朝礼は、業界ではモチベーションを高めるためのセレモニーとして知られており、同業者が視察に訪れたり、DVD「本気の朝礼」として売られているほど。
スタッフが自分の将来をイメージし、「感謝」をテーマに各自が大声でエピソー ドを語る。それから、挨拶の訓練や他のスタッフを褒めることでテンションを高め握手を交わして開店へと突入していく。
また、スタッフによる会議が多いのも「てっぺん」の特徴で、自分の考えを発言することで責任感を植え付け、他人とのコミュニケーション技術の向上も図ることをも目的にしている。


最近のOさんは、飲食店業界でのリーダーを育てるため、セミナーや講演での講師を引き受けることが多い。
「てっぺん」での開店は銀座で打ち上げにして、今後については人の育成に力を注ぎたい考えで、店舗のフランチャイズやライセンス制は考えてないと云う。「人の育成」については飲食業界だけでなく、サービス業界全体が今抱えている問題で、他の店舗との差別化や効率のよい店舗運営も、人を抜きには考えられない。
フランチャイズ先進国のアメリカでも、人の育成が最大のテーマで、人気を集める本部はどこも独自のスタップ教育システムをもっていて、専任のトレーナーが各店舗を巡回して歩くほど力を入れている。
Oさんがこの後どの方向に進むのか、とても興味のあるところだ。


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