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起業を目指す人のための「転ばぬ先の起業講座」
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『 ひょんな成り行きからロボット会社を起業 』
現在、産業界ではロボットに対する期待が大きい。
これまでは、工場での省力化を目的にロボットが利用されてきたが、05年の愛
知万博をきっかけに家庭内にロボットが入って、ペットとして、軽作業の担い手
として、安全の監視役として、実際に稼動をはじめたからだ。
そのロボットの普及に、一役も二役も買っているのが、大阪に住んでロボット
メーカーの社長をしている Yさん(43)だ。
Yさんは会社経営を行なう一方で、ロボット普及のための会合や講演会での
講師を務め、またロボットの世界のワールドカップとも云えるロボットサッカーの
ロボカップ世界大会では、現在2連勝中のTeam Osaka の監督も努めている。
そんな Yさんの独立開業と云うと、子どもの頃からのロボット好きが高じての
会社設立を想像しがちだが、実はまったく違った入口からのロボット会社の設
立なのだ。
Yさんは、父親がベンチャー企業の経営に係わってはいたが、若いときからの
起業志願ではなかった。
ビジネス界では異色の防衛大理工学部を卒業して、一旦は陸上自衛隊に入
隊している。その後、除隊して民間企業の産業プラントメーカーに就職するが、
ここで自分が勤めている会社の倒産を経験する。
それまで防衛大、自衛隊と倒産とは無縁の世界にいた Yさんが、初めての民
間企業勤めでいきなりの倒産だったので、彼にとってはショックであるのと同時
に、ここがターニングポイントになった。
この時、初めて起業を考えるようになったのだ。そして、35歳での起業を決意
し、そのためには営業力を養うことが第一と考えた。
彼が飛び込んだ世界は不動産業界だった。彼には、高価な土地の売買に絡
む取引には高度な情報が行き交うものと思い込んでいたが、実際にこの世界
で通用するのは人脈と勘。
当時、パソコンを駆使しての営業情報の収集など、社内だけでなく業界にも誰
もいない状態で、同僚からはパソコンで遊んでいるものと思われていた。
それでも、大きな勘違いをしたことに後悔しながらも、不動産業界には4年半
在籍した。
起業を決意した年齢を1歳上回っていたが不動産会社を辞め、独立開業のた
めのマーケティング調査やビジネスプランの検討を始めたのが36歳の時。
たまたま父親の伝手でアメリカのシリコンバレーへの視察旅行に参加した時
に、一緒になった電子部品会社や精密加工部品会社の社長と知り合う。
帰国後、Y さんは自分のビジネスプランを見てもらおうと連絡をとると、逆に
提案されたのが全方位センサーの事業化の話しだった。Yさんのビジネスプラ
ンとはまったくかけ離れた事業だったし、Yさん自身がその時点までは全方位
センサーに関してまったく知らなかった。
それからは、センサーに関して大学の先生や関係者に教えてもらい、部品会
社の社長の協力を得て独立開業したのは37歳、当初の予定より2年遅れのス
タートだった。
多分、ハイテク製造業にまったくの素人が社長になることに疑問を持つ人が
いると思うが、Yさんの会社にもセンサーの専門家のMさんがいて、彼が研究
と製造を担当し、YさんはマネジメントとPRを担って会社を切り盛りしている。
これは、ソニーの盛田昭夫と井深大、ホンダの本田宗一郎と藤沢武夫の関係
と同じ組み合わせで、製品開発型の製造会社を起業する際に今では常識化し
ている。
会社設立当初は、360度の映像を1台のカメラで撮影可能な全方位センサー
の開発・販売が主な業務としてきたが、現在ではそのセンサーを最大限活用す
る自立型ロボットの製造・販売に主力業務が移ってきた。
Yさんは、ロボットと云う夢のあるビジネスの世界にいるとはいえ、「当社では、
お金にならない開発はしない。買い手がいるとか、補助金がでるとか、裏付け
がはっきりしていないと、製品開発は行なわない」と、ビジネスには厳しい。
そのYさんの会社が、このほど「2足歩行ロボット」の組み立てキットを3万円
弱で販売をはじめた。これまで、10万円以上の高性能ロボットばかりを販売し
てきた会社にとって、初めての汎用ロボットの販売である。
起業家 Yさんの腕のみせどころでもある。
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